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為替コラム

FXオンライン・ジャパン株式会社 代表取締役社長 ジェームズ・ガウ氏(第2回)

2009年12月14日(月)

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■楽しかった初来日

就職前に1年間海外を旅行しようと思いました。就職口はあったのですが、採取した泥を顕微鏡で覗いて分析する北海油田の地質調査の仕事で、年収は日本円にして100万円足らず。これではやる気なんて全く起きるはずもありません。最終的にオーストラリアに行こうと思って、金融関係の仕事で日本に住んでいた兄を尋ねて88年に最初の来日をしました。

東京の生活は想像以上に楽しくて、すごく気に入ってしまい、オーストラリア行きは中止して日本に滞在することにしました。独学で日本語の勉強も始めました。朝自習して、夜は六本木に遊びに行って実地研修し、失敗した部分をまた翌朝復習する有効な勉強法で、みるみる日本語は上達しました。今より当時の方が上手だったかもしれません。

滞在中に英語の先生やモデルなどの仕事も経験しました。「とんねるず」とCMで共演したこともあります。ヘアスタイリストのコンペに出演したときは、すごくカーリーなヘアスタイルにさせられてしまい唖然としました。日本は楽しいし、チャンスの予感がしました。もっと日本にいるべきかもしれなかったのですが、自分の考えに収集がつかなくなってしまい、とりあえずイギリスに戻ることにしました。

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帰国して、ロンドンのデュー・ロジャーソンという大手の広告会社でメディアプランニングの仕事に就きました。大きな会社は政治的な要素が多過ぎます。自分にとってはそういった雰囲気は馴染めないものでした。後になってひとつだけ良かったなと思ったのは、FXオンラインを始めたときに、ここで得たマーケティングの経験が生かされたことでした。

2年半ほど勤務していたある日、金融会社で日本語ができる人を探していると耳にしたので面接に行ってみることにしました。私の日本語力は相当落ちていましたが、当時ロンドンで日本語を話せるイギリス人はほとんどいなかったので「こんにちは、私はジムです」と言っただけで「素晴らしい!」と絶賛され、採用になりました。今思えば、まったく驚くべきことです。

私の仕事は英語の価格情報を日本語に訳して伝えることでした。訳すと言っても大部分が数字でしたので、株や経済に詳しくなくてもほとんど問題はありませんでした。それよりも求められたのは瞬発力で、電話でワーワー言い合いながら売り手と買い手をつなぐのは、とてもエキサイティングでした。一日の大半は暇なのに、電話が鳴った瞬間に怒鳴ったり叫んだりのパニックになるのです。社員もアグレッシブな人ばかりで、物を投げ合ったり、喧嘩もしょっちゅうで、まるで動物園でした。

■再来日のチャンスをつかんだ

この仕事を選んだのは金融に興味があったというよりはボーナスが良かったのと、日本に戻るきっかけになるかもしれないと考えたからです。早く貯金して、日本に戻り、自分のビジネスを立ち上げたかったのです。日本経済が強かったから日本にはチャンスが溢れているように見えましたし、私は外国人であること自体が強みだと思っていたのです。日本人にはない、外国人だからこその視点を利用すれば新しいビジネスができるはずです。

半年後、株式会社コバヤシという日本の関連会社が、日本語の話せる外国人を欲しがっているから、日本に行かないかと、会社から赴任の打診をされたのです。渡りに船とばかりに、92年9月再来日しました。ちょうどデリバティブ取引が急成長を始めた頃です。私の仕事は香港、シンガポール、ニューヨーク、ロンドンのブローカーや関連会社との取引でした。

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それにしても、コバヤシの人たちは驚いたのではないでしょうか。流暢な日本語を話す外国人が来るはずだったのに、実際は挨拶程度しかできない私が来たのですから。ただ、外国人特有の“壁”みたいなものは、私にはなかったと思います。

実際、イギリスと日本には幾つかの共通点があります。両国とも島国であることやそれゆえに独立心があることなどを感じたときはうれしくて、日本人にとても好感を持ちました。マネーブローキングの会社で、外国人は外国人同士、日本人は日本人同士で固まっていることが好きではありませんでしたので、私はこだわらずに両方と交流するようにしました。

外国人には外国人の方法があり、日本人には日本人の方法があります。例えば、日本人は細かいことまでフォーカスしますが、外国人はそれほどまでではないという傾向があると思います。良いとか悪いとかではなく、両方の良いバランスが大切です。FXオンラインはまさにその融合がなされていると思います。

■初めての起業から学んだこと

コバヤシでは、3年半ほど働きましたが、この間、日本人と共に働くという経験を積めたことが、FXオンラインの成功につながっていると思います。また、小林で、何よりも、その後FXオンラインの設立に共に関わることになる盟友トニー・コリックと知り合えたのは最大の収穫でした。

95年にアメリカの証券会社キャンター・フィッツジェラルドに転職しました。株式や先物などのセールストレーダーをしました。マネーブローキングはどこにビッドとオファーがあるか知るだけですが、セールストレーディングはもっとマーケットを理解しなくてはなりませんでした。自分としてはマネーブローキングの方が性に会いました。

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ある程度資金が貯まったので、同時に自分のビジネスもスタートさせました。スノースクートの輸入販売でした。スノースクートは自転車の下にスノーボードがくっついているような乗り物で、当時のスノーボードのブームと連動させればイケると思い、私は出資者となり、経営は友人に任せました。私は心から友人を信頼し、援助しましたが、彼らにお金を使い込まれ、投資資金を全て失ってしまいました。

高額な授業料を払ったこのレッスンで学んだことはふたつあります。ひとつは人を信用し過ぎるなということ、もうひとつは、ビジネスでは自分が積極的に関わらなくてはいけないということです。フルタイムの仕事を持っていたので、出資だけというのは魅力的でしたが、一方で、会社で起きていることを把握できない、管理できないというのはとても危険なことです。

(第3回に続く)

(第1回)地質学は「インディー・ジョーンズ」ではなかった
(第2回)日本でのビジネスを夢みる
(第3回)日本初手数料無料化のエポックメーカー
(第4回)大型提携で新たな飛躍を目指す

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